第二夜 火山

夕食をすませた九時すぎに人が訪ねてくる。座蒲団に正座するなり尻ポケットから黄色いひもを出して、一日の成果の披露をはじめる。火山、コウモリの群れ、右から左へ走る犬。十本の指と一本の輪がからみ、くぐり、ねじられて、思いもよらない結び目をあらわす。線の細い白鳥は最後にぱたんと飛び去った。まさかそうくるとは。くやしくなってひもを奪い、練習する。
伝統的な日本の遊びなのかと思っていたら、世界中にあるという。文字をもたない民族が神話や風習を伝えるため、歌や語りとともにひもをとった。これはナバホ族、これはアボリジニ。手もとで知らない人たちの綾がひらけていく。呪文のような解説を読み解き、手首をひねり指をつりかけながら、かたちだけをなぞる。
ひとりが本を押さえひとりがひもを使う、その押さえている時間がもどかしい。ある夜ドアを開けたら新しいひもと譜面台が入ってきた。お母さんの毛糸を結んだという赤い輪と、音楽室にあったのとは違う、薄っぺらな赤い棒の枠組み。本に書かれた指とひもの図がタブ譜に見えてきた。譜面台を広げ、それぞれに音のない演奏を続ける。
昼休みは喫茶店のテーブルの下で指を動かした。休みの日は商店街に出かけて手芸店や雑貨屋ですべりのいいひもを探し、結び方を研究した。埼玉から泊まりに来た後輩の前で実演したら、こんなに愉しそうにしているのは初めて見たと感心された。私ではなく、ひもを見て欲しい。
熱はやがて冷め、譜面台も本もひももあの日に返した。いつの間にか新しい本が出ていた。「ひもつき。前作との重複なし」といううたい文句に、心が揺れている。