夜ごと空ごと
第三夜 空港

 保安検査場を通って動く歩道に乗って角を曲がるとあるはずのコーヒーショップが、なかった。考えていたのとは逆に曲がったのだと気がつくまでに数秒かかった。このまえはANAで、きょうはJALだ。こちらにも別のコーヒーはあるだろうけれど、やっぱりあのコーヒーがいいのでひき返すことにした。
 「出口」と大きく書かれた案内板の脇に「ANA・他航空会社への乗り継ぎ」という案内板がある。動く歩道と平行に走る通路はがらんとしていて、ずっと先まで続いている。ここに道があるなんて知らなかった。歩きだすと、暗い一面のガラス窓に、飛行機やタラップや数々の灯に重なって私が映っていく。
 そんなにコーヒーが好きだったの、とひとごとのように思う。歩き疲れた体で、預けそこねたスーツケースを引いて、誰もいない道をこんなに歩いて。
 この旅で会った人のことを思った。人のやらない地味な仕事をもくもくと続けていて、表にはめったに出ない人。会ってみれば気さくで、でもどうにも頑固そうなその人はテレビをよく見るらしく、壁に穴をあけて洗面所からもリビングのテレビが見られるようにしているという。顔を洗いながらテレビを?
「いまはみんな見ないから話があわないけど、ずっと見てる。たぶん死ぬまで見る」
 ドラマやアイドルについてひとしきり話し、言った。「人生を支えるものだ」その大げさなような言葉が耳に残った。
 たどり着いたコーヒーショップのカウンターでは、揃いのユニフォームを着た中学生たちがにぎやかにコーヒーやドーナツを注文していた。試合を終えて最終便で帰るのだろうか。うしろに並んでコーヒーを買って、同じ道を戻る。コーヒーを持って歩いているように見えて、実はコーヒーに支えられて歩いている。こぼさないようにそろそろと進む。

photo: Takafumi Sotoma