焚火社 ISSUE#06
杉林恭雄『一番星のしずくみたいだ』発売記念インタビュー 2/2

<STORY 2>
 前回から引き続き、『一番星のしずくみたいだ』収録の楽曲にまつわる背景を伺っていく。お母様との時間、実家にあった掛け時計、そして2020年という年について……。

05【海を包んで】
外:とても甘くて、なつかしい感じのする歌です。
杉:今って、一見、海が凪いでるのに舟が出せない状況じゃないですか。世界が。何て言うのかな、そういう状況と、慈愛みたいなものが繋がったのがこの曲。
外:……ほお。
杉:それともうひとつあってね。すごく小さかったとき、1歳くらいのときに桑名の親戚の家に預けられていたことがあって、その家のすぐ近所に七里の渡し*があったの。揖斐川のとこのね。毎日叔母に川へ連れて行ってもらって舟を見てて。それがすごく好きで、1日に何度も連れて行ってもらって見てたっていう原風景みたいなものが繋がってね。
外:「わたしの家は ぬれた床」というのは?
杉:それはねえ……(笑)。乳で濡れてるんだね、床が。あるいは舟の床が濡れてる感じと言うかね……。そういう場所なんだねこの曲は。
外:これはどこで録ったの?
杉:これは東京の家の寝室。畳の和室の。だから音がデッドでね。吸い込まれてく。

06【南部のガイコツ】
杉:
外:笑
杉:これはね、バナナリアンズのベースのシゲっていう人がいて、彼女とCOMEDYっていうバンドをやってたときの曲で。そのときはもっと陽気な曲だった。まさかコレを今回入れようとは思ってなかったんだけど、あるときテレビで南北戦争の英雄の銅像が倒されてくアメリカの今の映像を観たのね。過去の過ちを断罪していくというような一連の暴動の一環なんだろうね。それを観てたら、いくら銅像を倒しても滅ぼされないものもあるだろうと感じたの。そんなことを今年のうちに歌っとこうかなって思って入れたのね。
外:ガイコツは残るぞ、と?
杉:残るって言うか、死にきれないって言うか……。
外:いや、勝手にね、聴いてるほうとしてはもしかしたらこのアルバムはお母様に捧げられたものなのかなって感じてしまっていて。そんな先入観での聴き方だとこの曲が異質だからなんでコレが? と思って想像してるうちに、お母様は西部劇がお好きだったのかな、とか考えたわけです。
杉:あ、たしかに好きだったね! ウチに西部劇のソノシートいっぱいあったし(笑)。って言うかあの時代みんな西部劇好きだったんじゃないかな。小さい頃はそういうのばっかり聴いてたし、身体にカントリーミュージックも染みついちゃってるしね(笑)。とにかく馬が出てくる映画が好きだった。今でもそう。馬が多ければ多いほどいい(笑)。
 この曲と「アカツキ第五旅団」もまあ異質なんだけど、このあたりの曲は母親にって言うよりも今年(2020年)っていうものに対して歌ってるっていうのはあるかな。今年は香港のこともあったから。普段はこういうのを歌詞にするのにしばらく寝かすんだけど、わりともう、そういうのも入れちゃおうというね。


07【Guitar Shop】
外:電車の音が聴こえて、スズメたちが鳴いて……
杉:そうそう、これは2階の部屋で床に座って録った。なんとなく出来た曲かな。
外:なんか、うたたねしてたら天国行っちゃったみたいな気分の歌。
杉:あ~……
外:まぼろしのような……
杉:まぼろしのような、ね……

08【団地の森】
杉:生まれたときはもっと名古屋の中心のほうに住んでたの。お城の近くに。ところが小学校1年のときに平針ってところに引っ越すことになってね。それが当時すごい田舎で。「こんなところで俺は生きていけるのか!」って毎日泣いてたんだよ(笑)。で、新学期が始まってともだちもできて一緒に帰るようになって、そのときにこの森を通って走って帰ってきたりしてなんだかその土地のよろこびみたいなものが判ってきて。勝手に<団地の森>って名づけてね。で、今回帰ってたときにそこへ行ってみたら、もうずいぶん開発されちゃってるんだけど当時の道がまだ少し残ってた。竹林があって、風が吹いてきた日に、よし! と思ってそこへ録音に行ったの。風に鳴る竹の音をね。そしたら蝉がうるさくてさ(笑)。でもよく聴くと竹の音も聴こえるのでそこをお聴きくださいと……(笑)。

09【運んでください】
外:さて、この曲についてはひと言で訊けないような……。これはお母さんそのもの、なのでしょうか。
杉:そういうわけでもないのかな……。どこから出てきたんだろう? 自分のことのような気もするしねぇ。
 あ! これね、似たようなコード進行の歌がQujilaにもあるんだけど、それは「新宿LOFT」について歌ってるんだよね。ロフトへ通って、ライヴを聴きに行ってたようなときの風景を、新宿の大ガードを抜けて小滝橋通りを歩いてるようなあの頃(’79年から’82年くらいにかけて)の景色をさ。その曲はまだそのまま「80」って曲であるんだけど、だんだん(自分の中で)その風景が変わっていって、大ガードから向こうが急に川になって、鬱蒼としてきてね(笑)。そこを舟で渡るようなイメージに変わってきたのね。で、だんだん景色が変化していって、一面が川なんだけど、川岸に苔むした石が見えてくるの。「あれは何だろう?」っていうのが最初(のイメージ)なんだよね。だから母親から来てるわけでもない。

外:そのイメージは今年できあがったイメージなの?
杉:そう。
外:はあぁぁ……。あの辺って、その昔「淀橋」と言って小さな池が点在してたそうですよ。なんかそれを幻視してるような。
杉:ああ。ね……。

10【汚れた手のひら】
杉:古いリズムマシン**がどうしても欲しくなってさ(笑)。それを通販で買って、使った。あれを隣の部屋で鳴らしてね。それで歌って。これはね、ボレマンス***の絵が原形なんだ。あの、緑と赤の手の……。
外:ああ!
杉:汚れてていいんじゃないかな、って曲だね。
外:ふむ。

11【一番星のしずくみたいだ】
杉:7月の終わりくらいだったかな。母親が「家で死にたい」って言うもんだから、大変だったんだけど病院からなんとか連れ帰ってね。もう呼吸も少なくなってきてて。ヘルパーさんが「ここをこういうふうにすると呼吸が楽になりますよ」って教えてくれたマッサージがあってね。ある晩、夜中になって苦しそうだったんでそれをやってあげたのね。そしたらわりといい感じでスースーと息をし出して。あ、これは記念に歌っておこうって思って(笑)。隣の部屋で歌ったのね。
外:最後に入ってる寝息はお母様のですよね。これは近くへ行って録ったんですか?
杉:あれも隣の部屋で聞こえてる寝息なの。だからもう普通の呼吸じゃないんだよね。で、こういうのを入れるのはどうかなって思った。ましてその翌朝に亡くなってるからね。でも、これを録り直そうって気にはならなかったんだよね。
 で、このテイクをこんなに長く入れるつもりはなかったんだけど、マスタリング・エンジニアの大城(真)さんがここまで入れてくれてね。それが客観的な感じがして面白いなと思ったの。

外:これが何時ごろ?
杉:夜中の1時ごろ、かな。
外:けっこうまともな音量で歌ってますよね。
杉:や、これはじつはけっこう小さい声/小さい音でやってるの。普通のマイクだと指向性があるからそこにある音を集中して拾ってくれるんだけど、ハンディー・レコーダーはそれとは違ってすべての音を録るからおもしろいんだ。
 「運んでください」はもう母親が亡くなった後で、母親が寝てたベッドをどけてね、その場所で歌ったんだ。そうしたらその部屋には壁掛け時計があるんだけど、あの曲をよく聴くとその音が入ってるんだよね。じつはそんな音、聞いたことなかった。ずっと暮らしてたのにね。あ、そう言えばあそこの居間に時計が掛かってたなってあとから思う。だからそんな音まで録音されるっていう面白さはすごく感じたかな。


 その「運んでください」の時計の音は演奏が終わった後にイヤホンで聴くとよく聴こえる。このように、このアルバムには杉林恭雄という音楽家が過ごしたひと夏が実時間として録音されている面白さもある。

外:このアルバムを聴いていると、ふたつの目線、あるいはもう少し多い、いくつかの目線を感じます。<杉林さんから見たお母様><お母様から見た息子である杉林さん>、または<お母様の目線を杉林さんが視ようとしている目線>というような……
杉:そうだね。<僕が見た息子の姿>でもあるんだよね。そういう意味では、いちばん最初にあったイメージは、息子が家を出て、誰も居なくなったときのその息子の部屋の感触みたいなものが原形としてあるかも知れない。あったはずのものがそこにはなくて、おもちゃとかそういう、かつてあったものの記憶の蓄積みたいなもの……そういうものが最初のイメージとしてあったと思う。僕と息子の関係とか、母親と僕との関係とか。あるいは母親とその親の関係とかさ。そういう何か、韻を踏んでるって言うと変だけど……
外:<Rhymeは どこだ>って歌詞が「アカツキ第五旅団」にあるけど、杉林さんってそういう、時間で韻を踏むなんてことをするんですか?
杉:あるね。そういうのすごく強くあるね。それをしないと足場がないと言うか……
外:はあっ! すごいな……。

**
外:さて、全曲その背景を伺ったところで、マスタリングについて。エンジニアの大城真さんとはどんな経緯で?
杉:ヨーロッパを一緒に回った****SUGAI KENさんの音響作品がすごく良くて。そのSUGAIさんのカセットテープの作品のマスタリングをやってたのが大城さんで、これはすごくいいなと思ったの。それで今回の音を聴いてもらって。当初はマスタリングまでして終わろうって思ってたの。自分が納得して終わりたかったんだね。この夏にやってたことは何だったのかなっていう気持ちをね。だからCDにするつもりはなくて、むしろCD-Rに焼いてごくごく親しい人たちだけに聴いてもらおうくらいにしか思ってなかった。
外:ところが……
杉:ところが、マスタリングされて返ってきた音を聴いたら、ハンディー・レコーダーのONのスイッチを押す音からOFFにするカチャっていう音まで全部入れてくれたんだよね。自分でマスタリングしたら曲に寄り添ってしまうだろうから絶対にこうはならない。だからこの音はすごく客観的だし、ああそうか、こういうことがやりたかったのかって逆に気づかされたような、ね。
外:たしかに。8月下旬の段階で僕に送ってくれた最初の音にはスイッチの音とかは入ってませんでした。
杉:そうそう。そういうところをきれいにしてから渡してるんだよね。で、聴き手として想定してた外間くんから返事がなくて……
外:……
杉:マスタリングされて返ってきた音を聴いたときに「あ、これはもう自分で自主制作でCDにしよう」って思ったんだ。それは、付き合いのあるレーベルgalaboxの下迫惠理さんに聴いてもらって「コレです!」って言ってもらえたときにも「よし、つくろう」って思えてね。
外:僕もこうしてCDになって初めてこれを<物>として聴くことができました。8月に音源をもらったときはお母様のこととか現実の話も知ってたから感想の述べようもありませんでした。ここで話をまとめるわけではないけども、結果、これで良かったんだって思えた。僕がノータッチで良かったなと。僕が何らか関わるとやっぱりきれいにしちゃうと思うんです。
杉:デザインくらいは……とかも思ったけど(笑)。
外:デザインも僕がやるとストーリーをこしらえちゃうと思うのね。そこへお花を添えてみたり、杉林さんの<今>を反映しちゃうだろうと思うんです。
杉:このジャケットは小津映画のタイトルバックだね。ただの下地があって、そこにタイトルと名前があるだけという。まあ自分の最初のアイデアにもう少しの洗練があってもよかったのかも知れない。デザイナーの坂村健次くんが諸々引き受けて頑張ってくれたけど。
外:いや、これで良かったと思う。これが良かった。
杉:いつもCDつくるとね、どんなにいいものつくっても聴かなくなっちゃうんだ。いいテイク録って、いいミックスされて、ああいいの出来たな! って思ってもCDになるとなんかしょんぼりしちゃうのね(笑)。
外:そんな……(笑)。
杉:それが今回のはいまだに聴けるの。すごい客観的にね。
外:あ! すごいわかる!
杉:歌ってる最中って、行ったり来たりで忙しくて寝てなかったりしてコンディションは良くないのね全然。それがね、聴いてて不快じゃないの。ふつうのレコーディングだったら後から聴いて「あ、なんであのとき録り直さなかったんだろう?」って悔やむんだけど、これはさ、「ああ、録り直さなくてよかった」って思えたの(笑)。なんだろうねコレ(笑)。
外:コレって要はライヴ盤なんだけど、それとは全然ちがって<1ページ前の日記>みたいな、<おとといたべたアレ、美味しかったな>みたいな、すごく身近な記憶の記録に聴こえています。
杉:ライヴ盤だって声ひっくり返ったりしたら嫌じゃない? 不思議なことにコレはいいんだよね(笑)。
外:全然いい(笑)。むしろそれが良かった。
杉:でももう一度コレをやろうと思うと絶対ダメだろうね(笑)。
外:そうそう。メールにも書いたけど「コレはもう超えられないね」と思いますよね(笑)。それに、<今年>っていう年でなければこうはなってないですよね。ガットギターも給付金がなければ買ってないだろうし(笑)。
杉:買ってないね(笑)。母親のことも重なったし、コロナでライヴも出来なかったしねぇ……。で、なんかね、このまま状況が回復してっても、僕としては何事もなかったかのように戻るのはいやなんだよね。うまく言えないんだけど、社会が、世界がどうあろうと、何気なく「はい、元に戻りました」っていうふうにはなりたくないんだよね。ホントは、世界にとっては「何事もなかったように回復」するのがいいんだろうけど、僕個人としてはそうはいかないと言うかねぇ……。

 最後の部分の杉林さんの言葉はなんとも締めようがなく、宙に浮いたまま回収されずにインタビューは終わった。こうしてテープ起こしをしていても取材中と同じようにここはうまく締めることができず、しばらく考えてしまう。思えば、この『一番星のしずくみたいだ』という作品も同じように回収されることのない音楽なのかも知れない。この言い表しがたい感覚には<不可逆性>という概念に伴われる哀惜のようなものが含まれているだろうか。CDに録音された音はいつでも取り出して再生することができるが、歌が歌われたその行為と時間は取り戻せないものの中にしか存在しない。
 このアルバムは紛れもなく杉林恭雄の新譜なのだけれど、なんだかずっと昔に書かれた手紙を初めて開封するような気分になる。偶然の産物のようで、あるいはそうだからこそ、そこに永遠が感じられるのだろうか。
Text: 外間隆史

*七里の渡し:愛知県熱田区の宮宿と三重県桑名市の桑名宿までの海路。主に桑名宿の渡船場を指して七里の渡しと呼ばれている。
**リズムマシン:Roland TR-66 Rhythm Arrangerのこと。
***ボレマンス:Michaël Borremans(ミヒャエル・ボレマンス)。1963年生まれのベルギー人画家。2014年、日本で初めてボレマンスが紹介された原美術館での個展『アドバンテージ』にて杉林と外間は会場で偶然会っている。15時に入館した外間が「いつ頃来たの?」と尋ねると杉林は「午前中から(笑)。出られなくなっちゃって」と答える。それほどの衝撃をボレマンスは杉林に与えており、さらに杉林は2018年に香港のDavid Zwirner Galleryで行われたボレマンスの展示『Fire from the Sun』にも足を運ぶほどである。
****ヨーロッパを一緒に回った:杉林恭雄がくじら結成前の’80~’82年にかけてMIMIC名義のレーベルから自主リリースしていた3枚の電子音楽は当時からヨーロッパやアメリカで密かに話題になっていたが、近年の再評価から2014年にそれらの作品をまとめてCD化した『Mimic Works』が発表され、また2017年にはオランダのレーベルLullabies For Insomniacsからアナログ盤が再発、翌2018年4月同レーベルの招待によりヨーロッパ各地(6日Rotterdam、7日Brussels、13日Amsterdam、14日Berlin)での公演が行われた。