細海魚『RESOUND Vol.1 / Vol.2』を聴く。

 細海魚のライヴ・アルバム2枚が同時発売された。
……と言ってもそれは2021年7月のこと。
ではなぜ今? と問われればそれは……まったく申し訳ない。筆者の怠慢である。
 夏に出た作品を冬に、しかももう世界は全力で春になろうとしているこの時期にこうして特集を組むのに理由があるとすればそれはまったくもって筆者の怠慢なのである。でもふと思う、
 細海魚のこのアルバムはいつ聴いてもオーケーだし、すでに発売と同時に聴いた人々にとっても季節が一巡してまたこのCDをプレイヤーにセットする良い機会ともなるはずだ、と(なこと言われなくても好きなときにお聴きだろうとは知りつつ……)。
 したがって焚火社参加者各位の以下のコメントは当然ながら2021年7月に書かれたものだ。けれども面白いもので、こうして綴られたものを読むと昨夏から今年までのおおまなかな流れや世界の変化、そして季節の移り変わりも改めて感じられてさらにまたこのアルバムが聴きたくなる。あゝ、これはほんとうに良い機会だ。
外間隆史(失敬……)

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杉林恭雄【細海魚、扇風機、スケアクロウ】
 窓の外遠くどこかで工事をしている音がして、耳元では扇風機が静かに羽を回していて、細海魚の音楽がどこでもないような場所で鳴っていて、ぼくは畳の上にゴロンと横になり、あの俳優の名前なんだっけな、あんなに好きだったのに思い出せないな歳だな、なんて心に浮かんだことをただ追いかけている、と、工事の音はやがて大きな木の伐採の音のように思えてきて、扇風機の音は火星のバイユーを滑るエアボートのようで、足をくるぶしまで泥水につけてギターを抱え行き先の星を掲げたヒッチハイカーの男の横を通り過ぎ、どうするやっぱり乗せてやろうか、だって今鳴っているギターはあの男が弾いているのかもしれないじゃないか、彼にはそんな雰囲気があった、それならばちょっと尋ねたいことがあるんだ、照れくさいような昔の話、初めて異国の地に降り立とうとしていたとき、二十歳そこそこ、少し緊張していたけれどサンフランシスコの町や海が飛行機の窓から見えてきて、体の芯が震えるような自由を感じた、あのときぼくの中に響いていた音楽、あの音楽の名前をまだ知らない、なんだかぼくはあれが君の音楽のような気がするんだ、いやまさかね、もちろんぼくは何も尋ねない、男の姿はただゆっくりと遠ざかりギターの音も消えていき、窓の外遠くでは二人組の工事関係者が最後の仕事をしている、うん、思い出したよ俳優の名前、ジーン・ハックマン、そうそうスケアクロウは良い映画だった、アル・パチーノが切なかった、ああ、一本の木が伐採されて外はすっかり静まり返り、扇風機の音には不思議なエフェクトがかかり、子供達の声が聞こえそして消えて、細海魚のWurlitzerが鳴っている。

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宇田智子
部屋の真ん中に立ち、音叉の響きを確かめる。ばらばらな椅子を並べ、薪を燃やす。
雪をかいて通した道を、人々がやってくる。座って膝に毛布をかけ、顔を見あって笑みをかわす。
屋根がきしみ、床が鳴り、弦が弾かれる。みな口をつぐむ。
枝にとまる鳥のように、空気のふるえに身をあずけ、窓の外で雪が落ちるのを聞く。
やがて弦が静まり、鍵盤の蓋がしまる。じっと耳をすましたまま、だれも動かない。
笑い声が戻るとひとりずつ玄関を出ていく。窓の外で雪が落ちる。

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テノリエリ
エレクトロな音が頭の中をなでていく。
すると体がリラックスして、頭の中をなでていた音がゆっくり溢れて周囲に満ちていく。
最初は、もしかしたらその中で呼吸することは難しいのではと思っているけれど
気がつくと頭のてっぺんまで浸されていて、自由に息ができて泳ぎ回れることに気づく。

今いる場所にいるままで
目を開けると違うところを歩いているような。

何曲もの音楽にゆっくり流されて、いくつもの場所に連れていってもらえる。
こんな風に音を生み出せるってすごい。

ジャケットのデザインも大好きです。

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牧田紗季
 ほの暗い部屋で一人まどろんでいる。窓の外はしとしとと雨。
細海さんの音楽を聴くと、そんな情景が頭に浮かびます。

 次第に雨は細く、柔らかくなる。
いつの間にか寝てしまっていたようだ。窓辺に差しこむ光に気付く。
なんて心地が良いんだろう。

 静かに自分と向き合える、そんな音楽たちです。

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南雲彩子
まるでもう一人の自分の目に映った回想シーンを見せてくれているかのように、瞼を閉じている間、ある懐かしい情景が ”聴こえる思い” になって響いてくれていた。

旅へ出て家路に着いた日のように、瞼を開くと返っていく。そこにあるのは相変わらずの日常だろう。けれども、17のストーリーを聴き終えた部屋で、いつもより少し長く風になびくカーテンを眺めている。

余韻の水滴が乾いた日々を潤していくのがわかる。

タイトル通り、まさに魚さんの音楽が「響き渡る」心地良いアルバム。



山下太郎 [ROCKY CHACK]
ぼくは最近、ブラジルやアルゼンチンの音楽をよく聴きます。
熱量の多い南米の音楽に今さらながらはまり込んでまさに青春真っ盛り(音楽的に)の僕にとって、
細海さんの『RESOUND』は、冬景色の枯山水のようにしんしんと心に沁みてきました。なにもない銀世界。
しかしなにもないといいつつ細海さんの音楽は、そこかしこにある、という気がしてくるから不思議です。
それは壁紙にプリントされたたくさんの模様にも似ています。そしてその壁紙をキャンバスにして、
みんなが好きな絵を思い思いに描き込んでいるというような、細海さんのライブを観にいくとそんな溢れる想いを会場に感じます。
是非みなさまもこの2枚組ライブアルバムをお聴きください。chega de saudade!!!

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有馬野絵 [ROCKY CHACK]
細海魚さんのアルバムが手元に届いてから、もう何度聴いただろうか。
午前、部屋を掃除したり洗濯をする時間。
暑さにまどろみつめたいおやつを食べる午後、遠くのライブハウスで演奏される数々の曲がなにげない日常に溶け込む。
ジャケットの裏のきれいなイエローとブルーを眺めながら曲名をなぞるのも愉しい。

夜は、子供時代や青春時代の追憶がオーバーラップしていつか何処かで聴いたことがあるような懐かしい夢の音色に浸る。
老猫を抱いて、うつらうつらしながら「Yukusaki」を聴く。この先もずっと長い間こうして一緒に過ごせるような平安で静かな気持ち。

宙に浮かぶ言葉にならないことばは、手を伸ばして掴もうとしてもとどかない。
細海さんが、これ食べる? って手渡してくれた「Icecream」は、心の内にすっと自然に入ってきて、私はそれをただただ目を瞑って味わうだけでいい。

遠くて近い音楽『RESOUND』。

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黒田英明
録音したもののエディットがとても身近で手軽になった現代、世の中にはカッチリキッチリと整えられた音楽が溢れている。
それはそれで良いとも思うのだけれども、他方で「ゆらぎ」の持つ有機的な心地良さをとらえた音楽というのは少なくなってきてしまっているのかな、とも思う。

魚さんの音楽や演奏には、そうした「ゆらぎ」の持つ不思議な心地良さや暖かさが多分に感じられる。
一見小さな粒のような生き物の細胞が膨大な遺伝情報を孕んでいるように、ただBGMとして聞き流してしまうにはもったいないほど、たった一音をとっても、とても豊かなものが詰まっている、と思う。

今回の"RESOUND”2部作はライブ版。
そのほとんどの収録の場となっている下北沢leteではいつも、演奏に街の雑踏が滲む。
現地で音楽を聴いているときの、夢と現実の狭間を揺蕩うようなその感覚・空気が、そのままここには閉じ込められている。
ただその世界に浸っていつまでも味わっていたくなる、上質な絵画のような作品。

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大木彩乃
たとえば終電間近、ホームで電車を待つ間の思い出し笑い。
電車の扉が開いて、歩幅で切る風の匂い。
街を歩いていて、信号が赤に変わってしまい立ち止まった瞬間の永遠。
暇を持て余す深夜1時。

魚さんのRESOUND Vol.1,Vol.2を聴くたびに
そうした日常の何気ない時の流れが心に映し出されて
まるで映画を観ているような気持ちになる。
それはまるで只中に居ながら、夜の窓ガラスに映る物語を眺めるよう。
ライブでこの音世界に身をおいたら
あまりの幸福感にわたしはきっと泣いてしまう。

心に静かに降りそそぐ音楽。